耳がお疲れなことに気づきました|おこまりごと #1

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耳を酷使してしまっているかもしれない。

そう気づいたきっかけは、頭が痛くてよろよろソファーに横になったときでした。

頭痛とはもともと学生時代からの長いお付き合い。そして経験上、その原因はだいだいが筋肉のコリか目の使い過ぎなんですね。そのため目の疲れには普段からかなり気を遣って暮らしております。片頭痛の兆候にもある視界の眩しさを感じれば、迷わずカーテンを引いて、今日は家で仕事をしよう、とかね。

そんな私でしたので、「目」ではなく「耳」を疲れているだなんて発想ははじめてのこと。でも、確かに耳が重だるい。それに通じて頭もなんだかずーんと重い感覚。まるで、考えすぎて頭がパンクしかけているときみたい。どうしてだろう。なんでだろう。そう考えると、明瞭な原因はすぐに浮かびました。

無線イヤホンのつけすぎです。

無線イヤホン、便利ですよね。耳に装着してもハンズフリーで、あちこち移動をしてもディバイスを連れていくも必要なし。幸い私は耳から入ってくる情報を掴むことも難しくない性分でして、これは便利だなあと常々思っていました。

でもその無線イヤホンを、最近つけすぎじゃないか、と思う出来事があったのです。

それは、家事をしている最中に無線イヤホンをつけて何かを聞いていたときのこと。ふと家族から何か声を掛けられたのですが、無線イヤホンをつけていてははっきりと聞き取れません。そうなると、家事の手をいったん止めて、イヤホンを外して、「ごめん、もう一回言ってくれる?」。

このやりとりが多くなっていることに気づいて、これはちょっとまずいかもと思ったんです。私が子どもの立場なら、イヤホンを理由に一度会話が滞るのはやっぱり少し嫌だなあと。それからというもの、家族が家にいる間は意識的にイヤホンをしないように心がけていました。

そうしていても、知らずのうちにたまっていた耳の疲労。つまり家族が家にいない間に限定しても、かなりの長時間イヤホンをつけていたということなのだと思います。思い返せば、本当にことあるごとにイヤホンを装着していたのかも。手洗いに立つとき、ひとり昼食を作るとき、バスに乗るとき、外しごとの休憩のとき。まるで、耳に少しの休息を与えることも許さないように。

たとえば、同じ音源を聞くとしても、普通に聞くのと無線イヤホンで聞くのとでは耳の疲労感がまったく違うんですよね。その結果、本来必要のない疲れを耳に蓄積してしまいました。ごめんね、耳さん。

というわけで、これからは「隙あらばイヤホンで何かを聞く」生活から、「本当に必要なときに限りイヤホンを使う」生活にシフトしていくべく、絶賛挑戦中です。

具体的にいつ使うのかというと……
①家で、他の家族に聞かれない状態で聞きたい音源があるとき
②外で、聞きたい音源があるとき

あれ、変わっていない? いえいえ、この「聞きたい音源」というところがミソだと思っておりまして。

隙間時間を埋めるためになんとなく惰性で聞くのではなく、「こういう目的があって、聞く」という目的意識を自分のなかでしっかり意識すること。そのワンステップを踏むことを心掛けたいと思うのです。自分にとって必要ない刺激や情報で頭がいっぱいになってしまっては、ふと湧く素敵なアイディアやじっくり向き合いたい思考をスルーしてしまいかねませんもんね。

もっと、自分がしたいことの純度を上げていこう。そう思いながら、耳をやわやわ揉みほぐす私でございました。

森原すみれ