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感情の波が穏やかな人に憧れます。自分以外の何かに過度に影響を受けることなく、いつも自分の心を静かに、真っ直ぐに保てる人。
私は子どものころから周りに強く影響を受けがちな性分です。そのため、近くに怒っている人が居ればまるで自分が怒られているかのように心がざわざわしたり、誰かの苦しみや悲しみの感情が異様に移りやすかったり。人の気持ちに寄り添うことができる。そう捉えれば誇ることのできる長所でもありますが、一度起きた心の波はそう簡単に引いてくれないのが困ったところ。
たとえ大きく心の中が波打っても、そのことに気づいて、すっと自分の力でもとの穏やかな水面に戻すことができればいいなあ。そんなことを常々思っております。
そうして大人になって、少しずつではありますが、そんな気質とも折り合いをつけられるようになってきたと感じています。
その解決策のひとつが、自分の心の様子を「観察」してみること。
自分は今、胸がざわついてるな。怒っているな。不安がっているな。
だから家族に少し冷たく当たってしまったのかも。だから胸が苦しいのかも。だからふらふらするのかも。
少し落ち着いて、ソファーに座ろう。美味しいコーヒーを飲もう。チョコレートも食べちゃおう。深呼吸、深呼吸。
大きく乱れた感情をそのまま放置してしまうと、言葉も行動もそれにならって荒くなり、徐々に自分でも収拾が付かなくなってしまいます。そのまえに「あ、今私、心が乱れてる」と気づいて、それを外側から観察する。幸い私は物事を深く考えることが好きなので、こうしていくうちに客観的に自分の感情を整理できて、徐々に落ち着きを取り戻せることが多いのです。
そして、もしも感情の乱れで家族や誰かに冷たい態度を取ってしまったときには、なるべく早めに謝罪をします。先ほどの態度が理不尽だったことは、自分が一番よくわかっていますもんね。
解決策のもうひとつが、「完璧に生きるなんて無理」だということを、その都度確認すること。
後から考えれば、こうしておけばよかった、ああしておけばよかったと様々に考えは浮かぶもの。それでも、「そのときの自分」には無理だったんですよね。きっとタイムスリップしたって、そのときの思考・体調・気分・タイミング、すべてを総括した結果、無理だった。でもそのときの自分は、そのときにできる限りのことをしたのでしょう。それならそれでいいじゃない。過去の出来事は変えられない。反省点は次に活かそう。
私は完璧なんかじゃない。それでも未熟なりに、一生懸命生きているのだから。
私はしょっちゅうこの完璧主義思考に陥りがちなので、折に触れてこのことを頭に思い浮かべております。まだまだ長い人生、少しずつ手放していけたらいいですね。
これからも人間らしい感情を日々味わいながら、自分の思考とじっくり向き合って、心健やかに暮らして生けたらと思います。
森原すみれ
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